2018年1月8日月曜日

夏草の上を歩く。

今日は髪を切った。

QBハウスは超満員である。少子高齢化と30年以上もの続く市の財政難により、北九州市民の平均年収は5万円程度である。

貧困が品性を失い
消えた品性が、品格を失い
失った品格が、精神を病む
病んだ精神が、財政を悪化させる。
若年層は皆、メンヘラ。
中間層がいなくて、老人達は認知症。

正気なんてない。
剥き出しの狂気。
日本一、狂った街。
それが北九州。

北九州市民が髪を切るのは成人式の時だけで、QBハウスですら『高級理髪店』である。
この人だけは髪を切ってもらう為の隊列は1kmともなり、冷戦末期のモスクワを彷彿させる。
今日中に髪を切る事が出来るのか?

床屋の椅子には老い先短い老人が座っている。

「今日はぁぁぁっ、、、あぁぁっぁぁ、、、嗚呼、、、」

既に認知症を併発している老紳士は気がついていないが、糞尿を漏らしてしまっている為、店内には死臭が蔓延している。

生きる事、髪を切る事はイコールだ。

死体も髪が伸びるらしいが、棺桶の死体の髪を切ったと言う話は聞かないん

老紳士は「今日はスポーツ刈りでぇぇっぇ、、、」と言うのだが、丸坊主なのでスキンヘッド以外の髪型は不可能だ。

理容師は寺の生臭坊主を眺めるように立ち竦む。
順番待ちの時間が長くなる。

何しろスポーツ刈りを希望している老人に対しての理容師の気持ちも察する事は出来る。
「無い」
ものを
「在り」
にしろと言っているのだから。

20分ほどしてから、理容師が口火を切った。

「俺は神じゃねぇんだ。無ぇモンを、どうしろと言うんだ。『光あれ!』ってな感じでオメェさんのハゲ頭を夏草の大地に出来ると思っているのか?」

理容師の言い分は尤もな話である。
1080円の床屋への要求ではなく、其れはカツラや増毛屋の仕事だ。
溜息と共に老紳士が話し始めた。

「俺ぁ、認知症のボケ老人さ。俺ぁ死んでるはずだが、神様の不手際で生き延びちまった。
だから、オメェさんが神様じゃねぇ事くらいは知ってるさ。俺だって、昔はハバロフスクで暴れたクチだからな。シベリア収容所でマルクス主義を知った俺だ。神が死んだ事は知っているさ」

床屋主は驚いて鋏を落とした。

「か・・・神が死んだ?いくら認知症だとしても言って良い事と、悪い事があるぞ!!!。神が死んだのであれば、俺達の死後はどうなるんだ!?前世が消えると言う事ではないですか?前世がなかったら私たちは生きていけませんがな!」

「なぜ生きていけないのです」

「だって前世がなかったら・・私たちはまるで、幽霊ではありませんか!!!」


QBハウスの理髪師は佛教大学仏教学部卒だが、卒業旅行で中国へ行き、その際に天安門広場でデモに参加。天安門事件では『無名の反逆者』として戦車の前に立った、と言う不思議な経歴を持つ男だが、卒業後に比叡山で千日回行法を行った際に3日目にアキレス腱を切ってしまい挫折。
そして北九州市に戻り理髪師として働いている。

「千日回行法って1000日なんですけど、3日しかやってないから僕は三日坊主ですよ」と笑いながら話す理髪者だが、心は常に仏法と民主化である。

丸坊主の老人が彼是と言い、理髪師がつげ義春のような事を言い、言い争いが続く。

北九州市での罵倒はコミュニケーションであり、人々は罵倒されながら産まれ、罵倒されながら死ぬ。
無理難題を言うのが北九州市民であり、無理難題に悩むのが北九州市民である。そして、その解決方法は、時として

①手榴弾
②ロケットランチャー
③ピストル
④長ドス
⑤日本刀
⑥車で突っ込む。

である。


しかし、丸坊主の老人の「スポーツ刈り」と、「無を有にする事は不可能」と言う理髪師。
40分待ちと言われたのだが、いつまで待てば良いのだろうか。

丸坊主の老人が叫ぶ。

「ったく!なんて信仰心がない理髪師なんだ!お前に辛子種一粒の信仰心があれば、山に向かって『歩け』と言えば歩く!『髪よ生えろ!』の一言すら言えないのか?!」

「それは新約聖書だろ!俺は佛教大学だから親鸞も空海もそんな事は言わねぇんだ!無を有にするのは阿弥陀如来の仕事であり、QBハウスの仕事じゃねぇんだ!認知症もいい加減にしろ!さっさと輪廻の楔から解き放たれろ!」

「お前がスポーツ刈りを受け入れるまで俺は帰らねぇぞ!俺はこう見えて上智大学神学部卒なんだ!お前達の阿弥陀如来じゃなくて、我らの父は『求めなさい。さらば与えられる』と言っている!」

「俺とは宗派が違う!阿弥陀如来は、はげ山を夏の箱根に変える事はしてねぇんだ!リーブ21に行け!」


不毛な議論が続いている。

流石にウンザリしていると、理髪師が懐からピストルを取り出した。「あ。」と思うよりも早く、老人は脳味噌をぶちまけて倒れた。

「ったく・・・。此れだから少子高齢化社会の北九州市は嫌いなんだよ・・・。佛教大学時代が懐かしい・・・」

と呟きながら箒で脳味噌や血を払いのけ、死体は放置された。店内は血塗れである。
暖房が入っているので、噎せ返る程の臭気の中、ようやく私の名前が呼ばれた。

髪を切り終わると、外は真っ暗だった。

少子高齢化が激しく、老い先短い老人達しかいない街を淡々と帰宅した。



そう言えばタイトルを『夏草のうえを歩く』にしたのだが、昨年だったか大野 慶人の公演を某所で見たのだが、大野 慶人がスッゲェ、ボロボロで、何か動くときにイチイチ、矢鱈と甲高い声で

「土方巽!舞踏24ケイ!」

と叫んで、

「聖少女!」
「ユニコーン!」
「夏草の上を歩く!」
「ユニコーン!・・・聖少女!」



と、少年漫画の必殺技みたいに言っているのを見て、「これが大野一族の馬鹿息子か・・・」とウンザリしたのを思い出した。



2018年1月6日土曜日

美しい日本の伝統文化

世間が言う
『日本の伝統文化』
と言うのは、殆どが頑張っても明治時代、大半が60年代である。





上記の論文を参照にすれば天皇と言う存在の在り方は明治時代と江戸時代は全く違うし、天皇と言う『伝統的な存在』ですら昭和天皇の登場で様変わりしている(そもそも、皇太子であり、天皇と言う役職が決まっていた奴が海外に行ったのは昭和天皇の『韓国訪問』『欧州訪問』が初である)。


初詣→戦後

演歌→70年代

津軽三味線→60年代

和服→戦中に廃れて、戦後に壊滅

天皇→明治時代に成立。それまでは貧乏公家

神道→明治時代にでっち上げられた元祖オカルト

結婚式→地域にバラつきはあるが、現在の形式は戦後

離婚→意外と古くからある。離婚がタブーとなったのは戦中だろう。

米食→全国的に食い始めたのは60年代以降

浮気→石田純一の登場とベッキーの失速まで。

雅楽→事実上、応仁の乱で消滅した。今の雅楽はムード歌謡。

お盆→これは実際に古い。明治~昭和に消滅したが不死鳥の如く復活。

家制度→昭和です。

長唄→明治時代。

浪曲→明治時代に登場して消滅寸前。



こうやって考えてみると、大半の伝統は『明治』に入ってでっち上げられ、昭和の乱世で確立された。
で、その昭和と言うのはたったの90年前なのである。
だから、老人ホームでクソを垂らしている老人は「次々と作られる『古来の伝統』」を知っているのである。


じゃあ、日本の伝統って何か?って言えば坂口安吾の『日本文化私観』なんだけども、坂口安吾の望みは遠く演歌、津軽三味線、長唄、天皇は

『伝統文化』

になっている。



で、此処で考えるのだが多くの『伝統文化』が戦後から60年代に成立している事を考えると例えば

『エレキ・ギター』

『アンプ』

『EDM』

『Noise』

『国立文化』

『アイドル』

『ファズ』

『フランジャー』

『ワウペダル』

『細身のスーツ』

『ナンパ』

『ヤリマンとヤリチン』

『ハード・ロック』

『ロカビリー』

『JAZZ』

『フリージャズ』

『ケータイ電話』

『シンセサイザー』

なども

『日本の伝統』

と呼べるのではないか?と思う。エレキ・ギターも高度経済成長期無しには考えられないし、ファズ(エフェクター)やフランジャー、ワウペダルなんて日本の女工さんが作っていたワケだし、エレキ・ギターの『グレコ』なんて今ではビザール・ギターとして海外で受けているから『世界が感動した日本の匠!』と呼んでも差し支えがない。
(この演奏で多用されるユニヴァイヴは日本製)


JAZZは昭和3年にヒット曲を出しているが、大正時代に普及した。
戦争が激しくなって「踊らせないJAZZ」が考案されて、SP盤もある。
だから、ビ・バップだ。ビ・バップを追及するとフリージャズになる。


『ヤリマンとヤリチン』は『谷崎潤一郎:痴人の愛』に登場するナオミがいる。
15歳でヤリマンと言う設定。しかも連載は大正時代だ。

「ナオミさんは初潮の頃から、日本の伝統文化を次の世代に繋げるためにヤリマン活動に余念がありませんでした。そんなナオミさんも閉経となり、ヤリマン文化は後継者不足に悩んでいます」

とNHK文化放送がやりそうな感じもする。

EDMやNoiseを『NHK電子音楽センター』で考えると1954年だ。
で、Noiseで言えば『非常階段』が1979年だから70年代だ。
で、演歌の成立が70年代なので伝統音楽と言っても差支えはない。

黄河は小水を叱らず、と言うではないか。歴史を見る為にはスケールは大きい方が良い。

で、1979年は山口百恵が全盛期の頃であり、フリージャズ派で、山下洋輔の友人であり、評論家の平岡正明が『山口百恵は菩薩である』と言っている。AKB48を論じる有識者は山口百恵の『菩薩論』に端を発する。
嗚呼、これも美しい日本の伝統。

『ケータイ電話』は「移動可能な通信装置」と考えると、黒電話を抱えて妙年の女性は部屋をウロウロしていたものである。此れも昭和だから伝統。

ハード・ロックの定義は曖昧だが『ザ ダイナマイツ』がトンネル天国でデビューしたのが1967年でギターは歪んでいる。




『細身のスーツ』『ナンパ』は60年代の『みゆき族』や『六本木族』がいる。


だから、繫華街でナンパも伝統行事だ。

「靖国さんは日本の伝統文化であるナンパを、16歳から欠かしたことがありません。18歳で六本木の石田純一と呼ばれた靖国さんは今年で55歳。54歳の頃にEDとなり、バイアグラの服用を余儀なくされました」

「護国さんは16歳の頃から故郷の伝統文化である『ヤリチン』を欠かせた事がありませんでした。18歳で毛じらみ、19歳でクラミジア、21歳の頃に梅毒となりましたが、伝統文化を次の世代に繋げる為にヤリチン文化を続けてきました。しかし、護国さんは昨年、仕事中にヘルニアを発症し、ギックリ腰。『いや、やっぱ歳には勝てんですよ』。笑う護国さんは腰痛ベルトを着用しながらも若い人々へヤリチンの良さや歴史を語っています」

とNHK文化放送。


そう言えばYMOも1977年結成だから『70年代文化』なんだよな。で、その70年代文化の大御所が『山口百恵』であり、その対極に『永田洋子』『重信房子』がいて、YMOの対極には、ある意味ディストピアな『非常階段』がいて、別のステージには石川さゆりが『津軽海峡・冬景色』と言う絶望的・壊滅的・破壊的なディストピア演歌をヒットさせている。
そう言う意味では70年代後半と言うのは可也、絶望的でディストピアだったんだろうか。


こうやって見ると「伝統文化」となったものと、「伝統文化」にならなかったモノの差と言うのは何だろう?と思うのだが、やはり

『国家』
『大企業』
『経済』
『流通』
『マーケティング』

なんだろうなぁと思う。大々的に、必死で、死ぬ物狂いでマーケティングしている呉服市場なんて、死ぬ気でマーケティングしているのに、実際に死ぬ気じゃなくて、死んでいる、と言う有様なんだが。



母親に「父の和服をちょーだい」とお願いすると、大島紬の着物が出てきた。
男性の和服は簡単なので1時間ほど練習したら着れるようになったが、父の和服ではなく、実際には祖父の和服。
祖父は貧乏農家から軍曹に上り詰めた鬼神で、お金持ちになったが服装にはトンと無頓着で薄汚い。
其れで駆け落ちで結婚した妻(私の祖母)が「良い男なのに、勿体ない」と作ったモノ。
だが、祖父は明治の人なので私より身体が小さい。
あと、古いモノなので小物がなくて近所の呉服屋に行くと、矢鱈と、執拗に高額なモノを進めてくる。
もう、『倍プッシュ』である。



「アホか!30cmの紐に1万円とかふざけんな!」
と思ったが、「こりゃ、和服を着ようって奴が居ないワケだ・・・」と思った。
演歌歌手が着用する着物は300~500万円らしい。
で、日本に観光にくる外国人にレンタルされる着物は二束三文で中国製のポリエステル。だが、値段だけはボロ儲け。

伝統文化は儲かる。

多分、『伝統』と言う名により『ぼろ儲け』出来るモノだけが『伝統』となれるんだろうなぁと思う。

2018年1月4日木曜日

言の葉の前

昨晩、TVで新海誠の映画『言の葉の前』が放映されていたので観てみた。




因みに私は『君の名は。』は観たけど全く評価していない。評価すべき部分が何処にあるのか不思議に思っている程である。

『言の葉の前』はザックリと書くと

1:靴職人になりたい15歳の高校生

2:ストレスにより味覚障害になった27歳の女性

の二人の話である。味覚障害になった女性は実は、靴職人を目指す15歳男子が通う学校の先生で、職場内恋愛が拗れて味覚障害になった、と言う設定である。


で、取り立て書く部分はない。


この映画(君の名は。についても同じ意見なのだが)が何で面白くないのか?

TVアニメよりは遥かに金は掛かっているはずだし、スタッフにも恵まれているはずなのに、pinと来ない。

背景や絵が綺麗だ、と言う意見もある。だが、其れは綺麗なだけだ。


なんっつーかなぁ。


一昔前の胡散臭い評論家みたいな事を言っちゃうんだけども「人間が描かれてない」と言うか。

綺麗な風景と、綺麗な街で(都心だが)、綺麗な二人が、綺麗に出会う。

其れは其れは素敵で綺麗だと思う。だが、『綺麗』であり『美』ではない。美が持つ毒はない。
サンリオ・キャラクターのような感じ、と言うか。

ファンタジーであり、悪い意味で『アニメ』である。マジンガーZみたいな



『カッコいいいロボット』

『悪いロボット』

『退治』
するために
『カッコいい基地』
から
『登場』
して
『カッコいい必殺技』

『カッコいい主人公が』
繰り出して終わる。

みたいな。マジンガーZは私は大好きなんだけど(あの糞みたいに野暮ったいデザインが最高なんである)、マジンガーZを映画化するのは如何なモノか?と言う気がする。


で、新海誠の映画は『言の葉の前』と『君の名は。』で2本観たんだけども、印象としては

『クリスチャン・ラッセン』

みたいな映画だな、と。それに感動出来る人は、恐らくクリスチャン・ラッセンにも感動出来るし、『美少女戦士セーラームーン』にも感動できると思う。

物語の構造としては、冗談みたいにチープと言うか安直な作りなんだよな。

だから、クリスチャン・ラッセンが描くイルカとか、美少女戦士セーラームーンっぽいってのはイルカは実は漁師にとっては害獣だし、意外と凶暴な側面もあるのだがクリスチャン・ラッセンは天使のように描く。
美少女戦士セーラームーンも同じようなモンだ。

邦画は駄目、ってのは誰もが共通認識だと思う。ともすると邦画の制作者ですら、そう思っている節がある。邦画で数十年ぶりに頑張ったのは『シン・ゴジラ』程度で、『シン・ゴジラ』は何処まで行っても『怪獣映画』であり『快獣ブースカ』と大差はない。強いて言えば『ウルトラマン』かもしれない。
しかし、初代ゴジラの桁外れの禍々しさを『シン・ゴジラ』が越えたか?って言うのは色々な意見があると思うけども、私には初代ゴジラの禍々しさが好きだ。


『君の名は。』と同時期に公開されていた『この世界の片隅に』の何が良かったか?って言えば、限りなく純文学なんだよな。

『君の名は。』はライトノベルとか。


我々が普段、使用している『日本語』で芸事をする、と言うのは厄介だが、日本の純文学(近代文学)は二葉亭四迷が作ったモノで、二葉亭四迷を抜きにして文学史は語る事は不可能である。
もう少し古ければ樋口一葉もだけども。

選ばれた『綺麗な人』ではなく、『その他大勢』の中からランダムにチョイスして、其れを動かす。

その過程で誰かと出会う。それは蕎麦屋だったり、従妹だったり、友人だったり、近所の老婆かもしれない。

SNSが発展しても人間は常に誰かと出会い続ける。嫌な奴だったり、不気味な奴だったり、職場の同僚だったり、親だったり。

SNSでもTwitterでもfacebbokでも何でも良いのだが、『誰とも出会わない』と言う事は生きるうえで不可能だ。
そして、誰にせよ『出会う』事は自動的に物語になる。

ただ、其れだけの話である。

其処に『綺麗な空間』『綺麗な人』と言うのは無理があるんじゃないか?って思う。
だって、人間はトコトン、醜いんだもの。

醜いから綺麗なモノを選びたがるのかもしれないが新海誠の映画程度の『綺麗さ』では人間が持つ醜く、醜悪で、悍ましさは全く解消されないと思う。


綺麗、と言うのは楽な言葉で、部屋の大掃除をすれば綺麗になる。
ブスでも化粧をすれば綺麗になる。
大枚を叩いてシャンデリアを設置すれば綺麗になる。
数百万だせば綺麗な着物が買える。

銭金によって『綺麗』を作る事は可能だ。と言うか銭金で解決出来る事は『綺麗な事』だ。

それはクリスチャン・ラッセンの絵をローンで買うように。


例えば、だ。


例に出すのは卑怯な気もするのだが宮崎駿の映画って凄く毒々しいんだよな。宮崎駿映画で初めて黒字になった『魔女の宅急便』で主人公のキキが飛べなくなるシーンがあるんだけども、監督は明言していないが、あれは初潮を迎えたからなんだよな。
宮崎駿にとってアニメーションは子供向けだが、子供向けの絵本が意外と毒々しいように宮崎駿も毒々しい。
『紅の豚』
『もののけ姫』
『となりのトトロ』
と言った作品も、思えば可也、毒々しい。毒々しいし、ダークサイドを描いている。
『となりのトトロ』なんて、後半は可也、怖いもんな。トトロ自体もやっぱり化物だし、猫バスも不気味だ。

其れは妖怪だったり、神様だったり、化物だったりするのだが、其れって人間の化身であり、人間と言う生き物のダークサイドと言うか。



と此処まで書いて思うのだけども何故、皆、新海誠の映画に感動しているんだろう。
年齢は余り関係なくのようである。
何処に感動できるのか『感動した人』と一緒に見て5秒ごとに教えてもらいたい。

『背景が綺麗だ』

と言うのだが、あのレベルの背景ならTVアニメ(特に京アニ)でも再現可能だ。だから、映像に対しての衝撃はない。

古い話で恐縮だが幼い頃に『映画ドラえもん のび太と鉄人兵団』を観に行った。
当時はTV放送と劇場版は画質が桁外れに違っていて、始まった途端に画質に圧倒されていた。
で、何故か『風の谷のナウシカ』も観に行っているだけども、小学生低学年だから話はサッパリ分からなかったけど、画質と音響に圧倒された、と言うか。

最近だと『この世界の片隅に』は画質と音響に圧倒された(ストーリーにも圧倒されたが)。

新海誠の映画には、そう言うアニメーションだからこそフル・レベルの画質を感じないし、音響に圧倒される事もない。
其れは新海誠がゲーム畑の人だから、ゲームっぽい作りになるのかもしれない。

だったら、PS3までのゲームはアプリで落ちているから、そのゲームでも感動出来る(GTA:SAは感動した)。


感動とは何だろう。


感動した!って人が多いので、考えてしまう。

『感情が動く』と書いて『感動』だけども、TVアニメ程度の映画で感情は動くのだろうか。

感情が動く事が、感動ならば。

好きな異性の仕草にも感動するはずだし、
小さな子供の声にも感動するし、
風の音
雨の音
雷の音
雲が動く音
山鳴りの音
水の音

それらには感動出来ないんだろうか。都市生活を送っていると森羅万象の音に注意は払えない。だが、好きな異性の髪の香りや、子供が遊ぶ声には感動できると思うんだよな。

「感動した」

と言うのを皆、チープに使っているんじゃないか?って思う。
チープに使っているワケではなくても『感動』と言うモノがチープになったのかもしれない。

バラエティー番組で「世界が感動した日本の云々」とかあるんだけども、そんな感じなんだろうか。

私も40歳だから、新海誠的な世界に着いていけてないだけなのかもしれない。だけども、新海誠的なるものを手放しで「感動」と言う二文字で表すのもCOOLじゃない。


岡田斗司夫が『君の名は。』を「21世紀の『ローマの休日』になるかもしれない」と絶賛していたが(岡田斗司夫は、ある作品を絶賛するとマージンが入るんだろうか)、『ローマの休日』の方が設定がぶっ飛び過ぎているからこそ、良いのである。

だって、日本に置き換えてみたら

『愛子内親王』

このブス・・・いや、公家の血が濃い妙年の娘がコッソリと皇居を逃げ出して、新聞記者(しかも、東スポの記者とかだ)と一日だけのデートをして、最後はキスして、翌日は公家と東スポの記者に戻る、と言う話である。
こんな話はまず企画段階で上司が右手に靖国の英霊を集めてぶん殴ってくる話である。

ぶっ飛んだ話だからこそ人は其処に夢を見る事が出来る。

新海誠の世界はぶっ飛んでない。綺麗な詩のようでもあるが、詩は意外とドロドロとしてるし、『言の葉の前』では万葉集を引用するのだが万葉集って無茶苦茶な和歌もあって

「名前も知らない相手と月夜にHした」
とか
「貴方が会いに来てくれないからマンコに黴が這えそう」
とか
「貴方とのHは最高だった。マジ、野獣。」

とか凄い内容のモノも多い(意外と多いのである。SEXが娯楽だった事も大きいだろうけど)。

だから、万葉集=綺麗、と言うステレオ・タイプな扱い方も品性にかけるし、万葉集を知らない人にすれば「万葉集から引用って超→素敵!」なのかもしれない。

学校で万葉集をキチンと教えないから、ってのもあるけど(ちゃんと教える事が出来ない不味い内容の和歌もあるからアレあんだけども)。


2回も例に出すのは忍びないが『この世界の片隅に』ってぶっ飛んだ内容なんだよな。何故か、って言えば

①第二次世界大戦中の日本を既に私たちは知らない
②第二次世界大戦中の市井を知らない
③第二次世界大戦中のハイパーインフレーションを知らない
④描かれた広島は既に、この世にない。
⑤第二次世界大戦中の恋愛を知らない(結婚生活に恋人期間が含まれるとか)
⑥第二次世界大戦中の音を知らない。
⑦第二次世界大戦中終結の際の悔しさや悲しさを知らない。
⑧第二次世界大戦に対して疑問を抱いていた人がいた事を知らない。

たった、70年前の事なんである。だから、80歳以上の人なら知っているはずの世界を私達は知らないのである。

第二次世界大戦中でなくとも『桶狭間の戦い』『本能寺の変』『大化の改新』にも感動出来るかもしれないが、大化の改新の頃の物価は流石に調べようがない。

だから、面白い。


映画、芸術と言うモノは例え貧乏長屋暮らしだとしても、それに接した際に万年床がちょっとした高級ベットになって「うーん!よかったー!」って言えるモノだと思うんだよ。
それはジョン・ケージの作品だろうと、阿部薫のサックスだろうと、スパイダースのシングル盤だろうと、安室奈美恵の歌声だろうと、クラナッハが描く妖精だろうと、『初代:ブレードランナー』だろうと。

俺は新海誠の映画を観て、何か嫌なモノを感じた。

「これは感動するでしょー?どーですか?」

って言うチープに使い古された手腕を見せつけられているようで。綺麗なモノを、綺麗に描く事は普通の事であって、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』でもやっている。
下手すると『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の方が毒々しい程だ。

新海誠に感動する人達は、いったい何処に感動しているんだろう。

とても、不思議でならない。

2018年1月1日月曜日

あけましておめでとうございます

皆様。


昨年は有難うございました。
今年もよろしくお願いいたします。
生きる事は、それ自体が誰かに迷惑を掛ける事だと思います。
私に迷惑を掛けた人。
私が迷惑をかけた人。
どちらも、今後ともよろしくお願いいたします。

生きる事は、それ自体が恥だと思います。
人間は愛し合う事は出来ません。だからこそ新約聖書に「隣人を愛せ」とあるのです。それが出来たら神になれるくらい、難しい事です。
憎しみあい、殺しあう。
其れが人間と言う生き物なのかもしれません。
しかし、それでは皆が絶滅してしまいます。
許しあう事、それを忘れる事、水に流す事。
それでしか生きていけません。
昨年は私を許してくださり有難うございました。
今年も私の事を許してください。

私は厄介な人間ですし、面倒だし、胡散臭い奴かもしれません。
だけども、1977年から2017年まで許されて生きてこれました。
今後とも許してください。
私は誰かを裁く事は出来ない。
誰かが私を裁くことは出来ない。
裁く事は出来ないけども、許しあう事は出来る。
2018年、よろしくお願いいたします。


2017年12月31日日曜日

2017年ラスト

今年も終わりだ。


今日は姪と妹が来て、騒がしかった。普段、静かな生活なので疲れた。
今年をまとめよう。


1月:トランペットのスランプになる。楽器のスランプって誰でもなると思うのだけども、トランペットの場合は特種で「調子が出ない」とかじゃなくて本当に『音が出なく』なるのである。
もう、焦った。
なにしろ楽器の音が出ないのである。幾ら力一杯吹いても音が出ない。
1月から2月にかけては、練習したらExcelシートで練習日記を付けていた。そうやって、少しづつ治していく。
一番、効果的だったのは『トランペットの音楽を一切、聴かない』だった。だから、デトロイト・テクノとかミニマル系のテクノばかり聴いていた。
頭から『トランペットを演奏する』と言う事を外さないと駄目だった。

日記を読み直すとコンタクト・インプロヴィゼーションでも演奏している。

2月:TOMMYと日光温泉宿に行き、レコーディング。スランプからは脱出していなかったのだが、大量の酒と、TOMMYって事もあってリラックスして演奏出来たので良い録音だった。此れが切欠でスランプから脱出出来た気がする。
2回目のデンマーク渡航の話が出てきたのが、この頃か。

3月:花粉症なのでケナコルト注射。それと父の法事で帰省。法事も何回まで、ってのがあって次は10年後らしいので一旦、終了って感じか。
で、姉と共演したが、場所は老人介護施設である。対バンはトラークルハウスと言うクソ・スピリチュアル系の奴等で、死ぬほどウンザリだった。

4月:デンマーク行きが決定。4月に渡航が決まり、4月に渡航するので大急ぎで機材をチェックしたらラジカセが駄目だったので2台を購入。変圧器も買って、忙しい日々。
パスポートはまだ生きていたので良かった。
で、デンマークに渡航。
思えばハードな旅だった。生水と言うか蛇口から水を飲んでいたら下痢になってしまい、下痢が続き過ぎて風邪を引く。
そんな状態でレコーディングとリハーサルを行い、朝6時にTOMMYのスタジオからオールボーに飛行機で行き、帰りは寝台特急で5時間かけてコペンハーゲンに帰る。
翌日はコペンハーゲンでライブ。
呑みまくった日々だった。でも、行って良かったと思う。KO.DO.NAと言うスタイルに疑問を抱いていた2年間だったけども、其れが確信になった、と言うか。

5月劇団阿彌で舞台スタッフ。
大掃除をやったら45ℓのゴミ袋が8個も出てきて「俺の部屋に此れだけのゴミが?」と唖然とした。
あ、劇団七度って言う劇団も観てんだよな。久し振りの演劇鑑賞だったのだが作風はアングラなんだけども「上手いなぁ」と思った。技術的に上手い。ああ言うのは唐組ではなかったから新鮮だった。ファンにはならないけど。

6月:コンタクト・インプロヴィゼーションで演奏。

7月:高円寺グッドマンで演奏。超満員で驚いた。我ながら良い時間を作れたと思う。ディオ曲を作ったのだが変な曲なので、森下さんに頼み込んで共演してもらった。上手く行った。
室野井洋子さんが死んだ。GTASAをクリアした。
母親が福祉のコンベンションで上京してきたので接待。浅草の寺に行き、花屋敷に行き、天ぷらを食べた。
あ、中核派の奴がオルグしにきたんだよな。あれは死ぬほどウンザリだった。連中(中核派)は政治団体とか政治運動と言うより宗教団体に近い。

8月ヘッドフォンを買った。AKGのヘッドフォンだが流石に音が良い。同時に自分の作ったトラックの音が凄く悪い事に気が付いてウンザリした。

9月:『エリザベスがやってきた!』と言うイベントに出演。
芸能山城組の『ケチャ祭り』に行って2年連続で「辛いバナナ」を食べる役割を演じた。
あ、FACEBOOKには書いていたけども杉●丈作さんが癌で入院したんだよな。
此れは本当に怖かった。
杉田さんの事は大好きだし、舞台も好きだし、何しろ大昔に世話になっている。
で、食道癌だったんだが室野井洋子さんも縫辺憲治さんも癌で亡くなっている。
「俺が大好きな人は・・・皆、消えるのか?」
と怯えて仕方がなかった。舞台スタッフで来てくれるT氏が電話をしてくれて、彼の提案で何とかお見舞いに行けた。彼が電話してくれなかったら御見舞いには行けなかった。
御見舞いの後に矢張り不安で、奥様に電話をしたほどだったもんなぁ。
幸い、癌の手術は上手く行ったので安心した。だが、あのときは本当に怖かった。「もしかして、俺が好きな人は消える、と言うジンクスが・・・?」とすら思ったもんな。
あ、阿波踊りで大騒ぎした。
3年連続で同じ場所で大騒ぎしているので見知らぬ人からビールを3杯奢ってもらった。

40歳になった。ギックリ腰になった。ギックリ腰をやった翌日にネイキッド・フォースでライブだったので座薬を大量に突っ込んで出演。座薬と痛みでラリって演奏。
自分なりの演奏が最低限は出来たと思うけども、体調管理も演奏行為に含まれるから、此れは私にとって自分を責める意味で悪い事だった。
出来は良かった、と共演の石井さんに言われたけども、体調管理を怠っていた、と言う部分は最低なワケで、矢張り落ち込む。
でも、本来ならば歩くことすら難しい状況で演奏したんだから、凄い事だったのかも知れ行けども、其れは最低限の礼を尽くす、と言うか。
自己破産の為に少し動き始める。
あと、HAIGANでライブの際に対バンの人(誰か不明)にトランペットが壊された。あれはムカついた。
腰痛でゴルバチョフを友人に預けた。

10月:特に何もない。ライブを観に行ったとか、ネズミが出て困ったとか。

11月:江古田音楽祭にHAIGANで出演。腰も痛かったが演奏したのだが私が間違えてケーブルを抜いてしまいTPの音が全く聞こえなかった。
この頃に水泳で体重が漸く60kgになった。だが、直ぐに63㎏になった。
この体重が現在の私の適正体重なんだろうか。

12月:遠藤さんと沼袋のギャラリーで演奏。



此れは思い出深い。
ギャラリーの都合でアンプリファイが不可となったのでアコースティックで初めてソロ演奏。
アコースティックでソロって荻窪グッドマンでは2回ほどやっているんだけども、当時は下手すぎて音楽になってなかったと思う。
で、15年以上ぶりにアコースティックでソロ。
此れが凄く気持ちよかった。気持ち良かったと言うか。何と言うか。
フリージャズの人でも、普段は『フリージャズの練習』をするんだよな。それは『演奏の引き出し』を増やす作業かもしれないし、フレーズやリリックの為かもしれないし。
だから、完全即興ってのは謳えはするが実際には半分くらいは普段の練習で作っている。
12月は何も考えていなかったので本当に完全即興になった。
最初は緊張したけども(前日に風邪だったし)演奏が進むにつれて「お?!これは良いぞ!」と思った。出したい音が出る。
此れまでエフェクターを使った音を前提に考えていたけど、出したい生音が出る、と言うのは凄くファンタスティックだった。
遠藤さんとの共演も良かった。





2017年はKO.DO.NAのソロが殆どなかった。



此れは一体、何故だったんだろう。

思えば、元々、オファーが多かったワケじゃないけども、2017年は本当に一本もKO.DO.NAへのオファーがなかった。

会場がPAが使えない場所だった事もあるのだが、此れほどなかった年はない。

なんで?


じゃあ、来年はどうすれば良いのか?


、、、、、特に何もしない、と言うのが結論になってしまう。


まぁ、変えようと思ってないし。でも、活動し始めた頃に比べれば、フットワークは軽くなっている。


あ、そうそう。

活動し始めた頃よりも、年々フットワークが軽くなっている。20kgの機材に泣いていた頃に比べると、タフになってきている気もする。

多分、私は、私なりに成長しているんだと思う。馬鹿なんだけども、馬鹿ななりに、と言うか。


最近、運動不足を解消するために泳いだり、走ったりしているのだが40歳になってみると、まだ先が長い、と言う事に気がつく。
20代の頃は「ダメになったら死んでやらぁ」と捨て鉢的に思っていたのだが、デンマークでライブをやってみると音楽的な可能性は、まだ途方もなくありr、だめはなってない。
経済的、精神的にダメになって来たから今は休んでいるんだけども、この休息は決して悪いものではないと思う。

来年も良い音を作ろうと思う。


2017年12月12日火曜日

アイデンティティの問題と、いまアイドルについて語らないこと

interview with Ian F. Martin
アイデンティティの問題と、いまアイドルについて語らないこと
──『バンドやめようぜ!』の著者、イアン・F・マーティンに聞く
野田 努    通訳:染谷和美
『いまルールがわからない怖さというものを、みんなが自分らしさを探るなかで感じているんだと思う。世界中どこでもツイッターなんかでちょっと変なことを言ってしまったら受信箱にバーッと脅迫状が届くような世界だから、本当に自由に自分らしさを追求できないなかで、なにか「これに従っていれば大丈夫だ」というルールを探す、その末に行きついているのがあのアイドル文化なんじゃないかと思う。』
http://www.ele-king.net/interviews/006052/



アイドル文化に関しては難しい処があるよなぁと思う。
この「ルールが分かる」と言うのは「こっちに行けば大丈夫」って言うモノなんだと思うんだよな。
でも、それは90年代であれば渋谷系だっただろうし、70年代であれば全共闘だったんだろうし、60年代であればフォークだったんだろうし、00年代であればディレイとリバーブで音響系だったんだろうし。


アイドル論を語ろうとすると、途端に自分の馬鹿さ加減が露見するし、アイドルを持ち上げようとすると途端に自分の馬鹿さ加減が露見する。
此れに近いモノって『天皇家』なんだよな。
何処がだよ?と思う人もいるかもしれないけども

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普段はアイドルと縁遠い総合週刊誌でもさまざまなAKBがらみのプロジェクトが展開されている。『週刊朝日』は「AKB写真館」に続いて「AKBリレーインタビュー」と、長期にわたり連載を続けているし、『週刊ポスト』編集部と小学館は、2011年の公式カレンダーの制作と販売を任されている。
 他にも、『アサヒ芸能』のような実話誌から、「日刊ゲンダイ」「東京スポーツ」などの夕刊紙、さらには『BUBUKA』などの鬼畜系雑誌まで、それこそありとあらゆるメディアが、連載、グラビア、記事、写真集の発行といった形で、AKB人気の恩恵に預かっているのだ。
 AKBの連載をしている週刊誌の編集幹部がこんな本音を漏らす。
「AKB48はAKSという会社が運営しているんですが、ここに秋元康さんの弟がいて、雑誌対策をやっている。これまで芸能プロが相手にしなかったゴシップ週刊誌にもエサを与え、味方にするというのは彼の戦略ですね。ただ、それがわかっていても、我々としては乗らざるをえない。というのも、AKBが出ると、雑誌の売り上げが数千から一万部くらいアップする。雑誌が売れない時代にこれはすごく大きいんです」
 しかも、AKSの戦略が巧みなのは、AKBがらみの単行本や写真集などの出版権を、週刊誌発行元の出版社に与えるだけではなく、週刊誌の編集部を指名して制作させている点だ。このやり方だと、売り上げが編集部に計上されるため、編集部としてはますますAKBへの依存度が高まり、さからいづらくなる。
 実際、こうしたメディア対策が功を奏し、AKB48は今や、新たな芸能タブーのひとつに数えられるようになった。AKBにはメンバーの異性関係や運営会社・AKSの経営幹部の問題などさまざまなゴシップが囁かれているのだが、どの週刊誌もそれを報道しようとはしない。『週刊文春』『週刊新潮』だけは活字にしているが、AKBの利益共同体に組み込まれた他のメディアに無視され、完全に孤立している状態だ。】
http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/month?id=60769&pg=201202
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って言う処。

アイドルをAKB48だけに特化するのも変な気もするが、乃木坂だろうと、何だろうと資本をバックに付けたアイドルは似たようなもんだ。

「全方位からのdisりを回避出来ている構造」

ってアイドル以外で言えば天皇家くらいなもんだ。
だから、AKB48と天皇家は現状、同じポジションである。AKBにも天皇にも

「固有の胡散臭いストーリーと歴史」

があり、其れを皆、信じている。



クラブ系や渋谷系、HMV的なモノが終わって、アイドルに流れたのは、単に『一億総ヲタ化』ではなく、信じられるモノが『音楽』ではなく、『神話』になった、と言うか。
神話は物語であり、古今東西の神話が胡散臭いモノだが誰もが信じるように、その内容は何でも良い。物語として成立していれば誰もが崇める。

ただ、その神話が経済、つまりは銭金の話が絡んでくるのでマスマス、胡散臭い。
しかし、神話と呼ばれるモノの98%が胡散臭い話だから、そんなモノなのかもしれない。


話は変わるが私はアイドルと言うのは好きじゃないけども、一度だけ友人と一緒に行ったライブで偶然、観たことがある。
『hy4_4yh』
と言うユニットだった。可愛い女の子が可愛く歌う。



だけども、私は女系家族育ちの悲しさか、ピンと来なかった。女の子が『女の子らしく』している事は、其れ自体がフェイクであることを生まれつき思いしさられているているかかもしれない。
三島由紀夫が憂国主義なのに、天皇系を認めていなかったのと近いかも知れない(三島由紀夫は現状の天皇家はフェイクだ、と言うスタンスだった)。
アイドルを語ることは難しいのだけども、その神話とか物語、共通言語を好事家達が作ったのではなく、資本側が提供したモノを「はい、そうですか」と受け取ることが『文化』と呼べるものなのか?と思う。
神話は「誰が作ったか分からない(詠み人知らず)」からこそ良いのであって、誰が作ったのか特定出来るモノが神話として成立するのか?。
仮に成立していたとしても、それを『文化』として呼ぶことは正しいのか?



2017年11月3日金曜日

疑問と愚問と鬼門

『中原中也との愛 ゆきてかへらぬ』と言うのを読むと『戦前ユース・カルチャー』が知れて面白い。
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E5%8E%9F%E4%B8%AD%E4%B9%9F%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%84%9B-%E3%82%86%E3%81%8D%E3%81%A6%E3%81%8B%E3%81%B8%E3%82%89%E3%81%AC-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E3%82%BD%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D-%E6%B3%B0%E5%AD%90/dp/4044060010




戦前のユース・カルチャーって何故か記録が残ってないものが多い。
戦火で焼けた、ってワケでもないのに残ってない。
蓄音機が好きでSP盤を探すときに困るのが『記録の少なさ』である。
本当に記録がなくて泣ける。
仕方がないので、当時の人に話を聞きに行ったりしたほどで。
だが、SP盤は意外と高額な盤は殆ど無くて(消耗品だから)安い盤が多いので「ジャケ買い」で買って調べる、と言う事が可能だったが『その他の文化』に関しては資料が寡すぎる。



長谷川泰子と言う人は大正〜昭和モダンの最先端シーンをウロウロしていた人で、中原中也の元カノである。
この長谷川泰子さんが回想する『戦前日本小劇場シーン』が凄く面白い。
もう、デタラメである。
台本もスタッフもいないのにハコだけ抑えてツアーに出たり(勿論、酷い舞台だったと思うが。何しろ台本がないのである)、稽古場なのに全くの部外者である中原中也が出入りしていたり。
そんな事を嘗て所属していた唐組とか、九州のアングラ劇団でやろうものなら何千発、殴られるか分かったものではない。


『新劇』と言うのも、アングラ演劇よりアングラと言うかメチャクチャ。
築地小劇場が震災のドサクサに紛れて作られた、って言う胡散臭いハコであり、見た目は立派だが(今の劇場の元祖)何故か前後が吹き抜けで冬は桁外れに寒かった、とか。
劇団の数も多い。
昭和アングラ演劇よりも多かったのだが、夫々の劇団に演出家とか劇作家やスタッフがいた、と言うワケではなく
『とりあえず名乗ってみた』
みたいなモノが大半である。まだ、映画は歌舞伎役者がやっていたから新劇は其れこそ『好きモノ』しかやってない。
千田是也なんて舞台で大道具を破壊するようなヘボ役者だったわけだし。


戦前のユース・カルチャーはグッダグダなんだけども、長谷川泰子さんの回想だと非常に気楽で面白そう。
しかし、気になるのは戦後のユース・カルチャーは突然、レイドバックするのである。
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1:師弟制度
2:住み込み
3:理不尽
4:男尊女卑
5:新興宗教を遥かに凌ぐ閉鎖っぷり
6:他は敵
7:座内恋愛禁止
8:何故か記録は多い
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此れが何故だったのか?と言う気がする。例えば舞踏なんて1959年に誕生と考えたとしても『もはや戦後ではない』時代である。
とは言え、『もはや、戦後ではない』けど食うや食わずの時代にモダン・ダンスをやろう、ってんだから尋常ではないが。
大体、世間の関心は力道山であって「モダンでダンス!」なんてなぁ、って言う。
その後にアングラ演劇なるものが登場するけども、戦後から80年代(ギリギリ、90年代初頭?)までは演劇とモダン〜コンテンポラリー・ダンスがARTの最先端だったと思う。



と言うか、間違いなく90年初頭まで『舞踏』と言うのは、その出来不出来に関わらずジャンルとして最前衛と言うか尖っていた。



そんなワケで。
当時、16歳だった私は炭鉱夫と鉄鋼業とヤクザが血で血を洗う南スーダンのような九州の僻地で『舞踏』なんぞを観て
「俺もやってみたい!」
と思った。此れやったら、俺みたいな奴でも何とかなるやないやろか?。せやけど、舞踏っち、どーやったら出来るんやろ?
と、60年代に田舎でベンチャーズを初めて聴いた中学生みたいな事を思った。
『青春デンデケデケデケ』
と言う小説があるが、そう言うニュアンスである。


其処で有識者と思われる男性に「舞踏っち、やってみたいんけど・・・」と相談すると
「下関の方に○○って人がいるけども、住み込みが前提だからなぁ」
と言われて、16歳で親元にいる私には到底、不可能な話だった。


で。

18歳でアングラ演劇を始めてしまうのだが、当時は『そう言うモン』と理解していなかったが、思えば桁外れの閉鎖性だった。
そう言部外者どころか、入団したばかりの人ですら信用ならぬ、って言う。
信用したようと、するまいとヘボ劇団であることに代わりはなかったのだが、ノリとしては『機動隊が突入する3日前のオウム真理教の第7サティアン』と言うか。
演劇集団なのに、第7サティアン。


「こんなノリはウンザリやけんね!」
「多分、トーキョーやったら違うっち思うんよねー」
と唐組に入ったら、オウム真理教どころか『他の組織と抗争中のヤクザ組織』みたいなノリで、愕然とした覚えがある。
調べてみると、私が在籍していた頃は『遥かにマシ』で、大昔は更に凄かったらしいが(思い出すだけで吐き気がするような事も)。


此れが不思議で仕方がない。
唐組だけじゃなくて、例えば白虎社にせよ、大駱駝艦にせよ、山海塾にせよ、多くの劇団にせよ
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1:師弟制度
2:住み込み
3:理不尽
4:男尊女卑
5:新興宗教を遥かに凌ぐ閉鎖っぷり
6:他は敵
7:座内恋愛禁止
----------------------
である。『住み込み』は唐組にもなかったし、舞踏グループでも持ってないと思うが(家賃は自己負担だから)、住み込み的なニュアンスは強かったよな。
で、年頃の男女がひとつ、屋根の下で何やらやってんだから男女の仲になるのは当然なのだが『座内恋愛禁止』である。日本初の
『座内恋愛禁止』
を出した劇団は早稲田小劇場。座内TOPの白石加代子が俳優を食っては捨てて、其の俳優が脱退してしまうので苦肉の策だったと思うが。


って言うか、多分なんだけども『野田英樹』とか『第三舞台』とかでも上記の師弟制度とか理不尽とか男尊女卑とか閉鎖性は変わらなかったと思うんだよな。
演劇〜舞台と言う特種な芸事をするのに、ある程度の閉鎖性が必要である事はピーター・ブルックも認めている。
しかし、『ユース・カルチャーなのに戦前よりも古い師弟制度』を導入しているのは日本だけだったんじゃないだろうか。
演劇だけではなくて、例えばヒップホップ黎明期でもyou the rockもカバン持ちなんぞをしていたし・・・ってか、ヒップホップはいつの間にか『男達の挽歌』と言うか、マッチョ感が凄くなってしまったが調べてみると昔から、らしい(スチャダラパーは例外だったが)。
クラブ音楽、ダンス・ミュージックであるヒップホップですら師弟制度。
師弟制度を否定するつもりはないのだが、日本特有の師弟制度はウンザリだ。
アングラ演劇をやっていたから分かるのだが、日本特有の師弟制度って基本的にTOPは一つの事だけを言えば良い。すわ
『NO!』
である。只管、NO!。もう、ヘタすると歩いているだけでNO!である(唐組は休憩時間に立っているだけで駄目出しがあった)。
「ったく・・・違うんだよ・・・。オメーは分かってねーなぁ」
「分かるか?分かるか?」
「盗めよ〜!」
と言った浅草芸人のような事が本気でまかり通る。



アングラ演劇、モダン・ダンス(こんなコンテンポラリーダンス)の本家はそうではない、と言う事が分かり始めたのが実は00年代である。


『NO』ではなく『YES.BUT』


たった、此れだけなんである。
因みに演劇の世界でワークショップを『ワークショップ』と名乗って始めたのは第三舞台だが、鴻上尚史はイギリスの演劇学校に留学してんだよな。だが、鴻上尚史も基本的にNO!しか言っていなかった(少なくとも80年代後半の第三舞台では、そうである)。


勿論、yes.butと言えるだけの根拠がなければ成り立たないが、日本式師弟制度だとNOと言える根拠がなくてもNOと言える。
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1:その日の気分
2:税務署から通知が来た
3:人間関係
4:天気
5:恋人からメールが来ない
6:思い込み
7:呑み過ぎ
8:なんとなく
9:言ってみた
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とか。因みに唐組にKさんと言う看板役者がいたのだが、彼が自分より立場が下の奴を叱る時の理由の9割は
『阪神が負けたから』
だった。大阪出身で阪神ファンだからなんだが、阪神はいつも負けるので常に機嫌が悪かった。





あー。書いてて「これ、ホントかよ?」って言う話が多いな。書いている自分でも思う。しかも、この話が戦前とか大正〜明治の話じゃなくて90年代後半の話なんだよな。
すっげぇな。
世界的に見れば既にオンラインの時代に、あの人間関係って凄い。
もう、第7サティアンの裏事情どころの騒ぎじゃない。


そう言えば村上隆の『カイカイキキ』も上記のような内情らしい。
岡田斗司夫が『村上隆は殴り合いながら作品作ってる!』と話していたが、実際には一方的に殴っているだけ、って言う(現代美術の人格の拗れ方はアングラの比ではない)。


ユース・カルチャーなのに、中身は安土桃山時代の宮大工のような師弟制度ってのは何故なんだろう。
此れが不思議で仕方がない。
例えば「KO.DO.NAさんの弟子にしてください!」って人がいたとして(絶対にいないけど)、そう言う人と歩いていて(そんな人とは歩きたくないが)、レコード屋とかCDショップに行って(行かないけど)、
「おいおい、なんだ?そのセレクトの仕方は・・・。違うんだよな〜。分かるか?お前、分かってるか?」
とか言うだろうか。多分、言った瞬間、幼少の頃にキャトルミューティレーションによって金星人に埋め込まれた自爆装置が発動して半径3kmが爆風で火の海になると思う。


しかし、『ユース・カルチャーなのに師弟制度になる』と言う現象は何故、起こるんだろう。