2016年9月29日木曜日

野戦之月海筆子テント芝居公演/渾沌にんぶち






私事で恐縮ではあるが、思い出話にお付き合い頂こう。


20年前の福岡県北九州市。

1996年だ。


その頃、福岡市で『劇衆南組』と言う「如何にも九州の劇団」と言う感じのド・アングラな劇団に所属していた。

その関係で呑屋の主人が「野戦の月って言う劇団があるんだけど、手伝え」と言ってきた。

「トーキョーの劇団なんだけども」

20年前の九州大陸にとって『トーキョー』と言う場所は『遙か東にあるとされる電子城・・・』であって、全く分からなかった。

東京演劇シーンは全く分からなかった。調べてみると現代演劇の現状のTOPである平田オリザの青年団が最盛期を迎えていたらしい。

だが、20年前は演劇雑誌の『新劇』は辛うじて発売されていたが中身が分からない。
『演劇ぶっく』は売れていたが、劇団新幹線の為の雑誌のようなモンでコチラには無関係と言う感じがした(劇団新幹線は大阪のDQNになれなかった子達がDQNの真似事をしている、と言う感じだったが)。

音楽は『渋谷系』とか『テクノ』とか流通網があったので思う存分に知ることが出来るが、演劇となると東京の劇団は頑張って大阪まで来て、更に頑張る劇団だと名古屋まで来る。

九州大陸には秋風だけが吹いている。


そんなワケで興味もあって行ってみた。テント芝居ってどんなのだろう?と思ったのもある。

私が所属していた『劇衆南組』がテント芝居的なニュアンスだったから(因みに其の劇団は女問題でクビになった。その後、3年程して劇団は金と女で解散した)。



で、テント設営を手伝ったのだが「まぁ、なんと非効率的な・・・」と唖然とした。


4tトラック位だったと思うが、テントとセットが巨大すぎて「これで全国、回るわけ?」と理解出来なかった。

朝から晩までかけて同じく手伝いに来ていた10人以上と必死にテント劇場を設営して、ボロボロなのに通し稽古・・・はしてなかったと思う。時間的に出来なかったと思う。

で、本番。

テントの2/3がセットで、残りが客席なのだが客は溢れかえっている。最後はテントの裏をあけていたほどで。

客席には公安とか私服警察が高額な一眼レフカメラで撮影しまくっている。上演時間は3時間だったと思う。

役者は何を言っているのかサッパリ、分からず。

やたらと歌いまくり(手には松明)

「これでクライマックスで終了か」と思ったら、そのクライマックスが6回もある。

客席からは「異議なし!」とか「だいぞー!」とか声があがりまくる。

異様な熱気の劇団だった。


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そんな事もあり、公演があると行きたかったが流石に九州には合計3回しか来てない。
だから、私が観たのは最初の時以来、全て東京に移住してからである。

唐組に在籍していた頃も観に行った。

台湾の劇団と交流を持ち始めた頃で、その頃にテントを組み替えた。

『EXODUS』と言う舞台だったが、既に唐組にいたので「なんとアナクロな・・・」と思った。

テント演劇の創設者って事もあって唐組のテント設営は結構、システマチックなのだが野戦之月は「人力!」と言う感じが凄かった。

その頃に台湾の劇団と交流を持ち始めたのか、台湾人の役者も登場していたが字幕なんかなくて、台湾語でやるので観客の誰一人として台詞が理解出来ない。

因みに『EXODUS』はコケた芝居だったと思う。

帰り道の観客の雰囲気が重かったのを思い出す。

思えば名優『え~りじゅん』の怪演を観た最後の公演だった。私は『役者:え~りじゅん』に憧れていたから、彼は私の中でスターだった。
「あんな役者になりたい!」
と思ったから、彼が舞踏家と言うのを知ったのは彼の死後だった。

野戦之月は事前の情報が多くはない劇団なので『え~りじゅん』が登場するのかどうなのかは観に行かないと分からなかった。



唐組を退団してから『演劇』と言うモノから遠ざかった。



遠ざかったどころか縁を切った、と言うか。唐組にせよ、唐十郎と言う人物の影響力ってのが凄まじくて、そうでもしないと次に行けない気がしたから。

その頃に野戦之月の劇団員の大量離脱だとか、分裂騒動だとか、一旦、休眠(解散)を知った。

で、ようやく再結成して、それに駆けつけた。

三鷹市の空き地だった。

劇団員のほとんどは変わっていて、若手役者が大半を占める事になった。








それ迄、とても男臭く、叫びまくり、台詞は何を言っているのか全く分からず、兎に角、強引なムードでフィニッシュに持っていく、と言う劇団だったのだが、役者が若手になってから台詞が『棒読み』と言うか、かつての様な『叫ぶ』と言うのがなくなった。

すると、だ。

実は劇団主催者で、戯曲家である桜井大造氏の戯曲が、蕩けるようなロマンチズムと、艶っぽさ、そして壮大な抒情詩であることが露見した。

それまで分からなかったのか?と言えば、とても判るモノではなかった。

私もアングラ演劇をやっていたのだが、聞き取れる台詞が桜井大造と看板女優:ばらちずこだけだったから。

「劇団野戦之月が変わるのか?!」

と思った。物凄く驚いた。

で、其れから観に行くたびに役者は変わって行くのだが(流動的な時期だったんだと思う)、段々と安定してきた。

だが、稀代の戯曲家:桜井大造氏も歳には勝てぬか・・・と思ったのが「蛻てんでんこ」だった。

役者達が安定して在籍するようになったが粒が余りにも小さく、致し方がない部分もあるのだろうが、『汚れ役』とか『過激な演技』を本来であれば新劇直系とも言えるスタンダードプレイを得意とする桜井大造氏がやる事が多かった。

だから、今年は3年ぶりに観に行った。

正直、期待値は低かった。3年前の状態で続けるのか?と言うか。






ところが。


泣いた。

演劇なんぞで泣いたのは10年ぶりか。思わず泣いた。不覚にも感動して涙が出た。全く不覚だった。


あの大馬鹿どもの演技や台詞、戯曲に魂が揺れた。


内容を書いても致し方がない気もするが、テーマらしきものはあって『流浪の民』・・・桜井氏は『流浪の民』と言った『曖昧な』モノを書かないので、大雑把に言えば

『貧困層』

である。貧困層、難民、それらが常に歴史を動かしてきた。時代の最先端と言うものは、とても寂しい。
先行者がいない荒れ地だ。それを突き進むのが・・・と言う。

それらの階層民を水に例える。

水は安定しない。流れていく。固まることもあるが、それは仮の姿で(コップの中とか)、延々と流れていく。

小さな個が集まってるに過ぎない。だが、それらが個が集まることで別の姿に変える。

死、テクノロジー、抒情詩、全てを飲み込む、と。


ラスト30分の緊張感と、最後の開放感はカタルシスそのものだ。


野戦之月のスタイルは『長尺の長セリフ』『モノローグ』が多い事で、モノローグが殆ど一人芝居に近い程の難易度。

難易度と言うか台本を買った事があるのだが『台詞』として書かれた言葉と言うよりゲーテの『ファウスト』や『ダンテ:神曲』みたいな、抒情詩なのだが。

野戦之月は貧民や、難民、底辺住民を否定もしないし肯定もしない。


私は『劇団曲馬館』や『劇団風の旅団』時代を知らない。知った頃には解散している。

だが、残された資料から察するに「いわゆる、左系の劇団」と言う感じ。

天皇制にせよ、右翼、左翼、全てを否定もしないし、肯定もしないのが桜井氏の魅力である。

それらを否定・肯定するのではなく『存在を認める』『汲み取る』と言うか。


私事で恐縮だが、私も貧乏暇無しなわけである。と言うか、裕福で暇がある人のほうが少ない日本だが、貧乏暇無しと言うのが之ほど否定される国もない。
当事者達が否定するのだから、どうしようもない。

桜井氏のスタンスは違う。

否定せず。肯定せず。淡々と汲み取っていく。それこそがアートだ、と言う(劇中の台詞にそう云うシーンがある)。

だが、桜井氏が扱うテーマは何時も途方もなく大きい。

特に311以降は『311以降』『右翼化する国』と、普通のアーティストならば誰もが避けるテーマである。

本来なら広義の意味で『アート』に属する人達が扱うべきテーマなのだが、私が知る限り、それに真摯に向き合って、汲み取り、それを壮大な抒情詩にしているのは桜井氏だけである。

客席にいる誰もが存在を認められる。

其れはアートの原点であり、同時に究極なのである。


心が揺れる、魂が響くなんてもんじゃなくて『魂を抜かれる』程のカタルシスだった。


『人の存在を認める/汲みとる』


と言う事がアートなのに、誰がやっている?

「私の存在を認めて!汲み取って!」

と言う作品ばかりだ。其れは現代美術にせよ、演劇にせよ、音楽にせよ、だ。

だが、認めないと認められない。汲み取らないと汲み取られない。


私も演劇青年だったから判るんだけども、基本的に小劇場なんて「追い込まれて」いる人しかいないんだよな。

ブラック企業みたいなもんで劇団内では存在が認められるから、下手でも何とか莫大なノルマを払いながら所属している、みたいな。

でも、他者を認めないと認められないって言う当たり前の事が分からないんだよな、って言うか、認めるほど余裕がない、と言うか。

唐組に限らず、他劇団にいた時もそうだったし、そんな奴等は大勢いるわけで。

野戦之月が余裕がある、と言う事ではなく(むしろ経済的にも体力的にも余裕が皆無と
思う)、アートと言うものの『あり方』『存在意義』と言うか。

金持ちの知的ゲームの為に『現代美術』と言う物があるが、『現代美術』が認めるのは経済的に裕福な人達だけである。

時給800円で働くセブン・イレブンの店員なんて糞食らえなんである。


内部にいたから言っちゃうんだけど唐十郎だって、一般客なんて糞食らえでさ。スポンサーと言う関係もあるんだが、文化人だとか著名人こそが自分の客と思っていたワケだしな。


掛け値なしに素晴らしい総合芸術だった。


日本にはバレエもない。オペラもない。スカラ座もないし、ブロードウェイもない。

だが、野戦之月がいる。

ピナ・バウシュも大野一雄もスタインベックも死んだ。だが、桜井大造がいる。


私は経済的な理由で大野一雄もピナ・バウシュもピーター・ブルック観てない(チケ代7000~1万、2万は高ぇーよ!)。

だが、連中を観てなくても野戦之月の公演一本で事足りる。

「アートとは何なのか?」

「アートの役割」

と言うモノを知りたい人は、野戦之月は行くべきだと思う。


・・・「アートの役割」とか考えている人、少ないけどねぇ・・・。


最後に役者陣。

新顔が多いし、webを観ても役者陣の写真がないので顔と名前が全く一致しないのだが

1:ばらちずこ

最高だった。ラスト30分の中で繰り広げられる一人芝居は畏怖・畏敬・圧巻だった。いつだって『ばらちずこ』は最高の女優だ。

 



2:ロビン

今回の公演で一番、魅せた若手はロビンであることに異論はないだろう。カナダだったか、アメリカだったか、西洋人が何で、この劇団なんだ?と思うのだが、今回はキレの良い動きと、表情。
一挙一動で見せてくる。






3:濱村篤

濱村さんも老けたなぁ・・・と思った。いつだって濱村さんは最高なんだけど、私も40歳で、濱村さんが若かった頃もあったんだよな・・・と思った(若き日の濱村さんは、そらぁ、色男でした)。


4:森美音子

観る度に鬼気迫る怪優となっていく。初めて観た時は、確かまだ30代前半だった覚えが。
30代だけど老婆の役をやっていて、立ち位置からパンツが見えていて、老婆の役なのに結構、派手なパンツを履いていたのを思い出す。
今回はモノローグのシーンは、胸を鷲掴みにしてくる芝居だった。














5:主人公役の男性

之が未だに名前が分からない。クレジットされているんだろうが、顔と名前が一致しない。
いつの間にか参加していて、その頃からヒロイン役と言えば聞こえは良いが主人公である。
で、2008年の『ヤポニア歌仔戯 阿Q転生』で登場したのを覚えている。
最高に良い役者なのだが、当時は普通に下手だった。
今回は「これぞ野戦之月の看板役者!」と言う堂々たる演技。
動きのキレも、台詞のキレも、ルックスも最高すぎる。一体、何者なんだ?と何時も思うのだが、謎の主人公である。


6:桜井大造

言うことなし。心なしか役者陣のレベルが桁外れに上がっているので、桜井氏が必死に汚れ役をやらなくて済む、と言うか余裕を感じた。
桜井大造氏は主人公じゃなくて、ワキを鉄壁で固める人なんである。
戯曲家としては『稀代の劇詩人』。





野戦16の秋
野戦之月海筆子テント芝居公演
渾沌にんぶち
9月21日(水)横浜 寿生活館前 寿児童公園
      午後5時半開場・午後6時開演
      京浜東北線・根岸線 石川町駅 徒歩5分

 9月24日(土)いわき市 平廿三夜尊堂前(いわき市平十五町目2)
      午後5時半開場・午後6時開演
      常磐線いわき駅 徒歩 6 分 

9月27・28日(火・水)
東京 木場公園 多目的広場
      東西線木場駅 徒歩10分
      大江戸線清澄白河駅 徒歩15分
      都営新宿線菊川駅 徒歩13分
      午後6時半開場・午後7時開演

10月1・2日(土・日)東京 国立市 矢川上公園
   午後5時半開場・午後6時開演
   南武線矢川駅 徒歩 4 分 
   中央線国立駅南口より バス約10分
  (1番、4番乗り場 矢川駅、国立操作場、国立泉団地 行き)「矢川駅」下車 徒歩4分

video


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吉野繁さんとは何故か野戦を見に行くと必ず遭遇する。吉野さんの元奥さんってのが社民党から立候補して秒速で落選した「増山れな」なんだが、離婚してもモテる人で、若い頃から『植木等』的な男性だった。だから、会うといつも良い女を連れている。
今回も遭遇。
で、テントの中で少し呑む。

ってか、吉野繁さんは林栄一の元から独立してフリージャズを始めた頃から知っている。お互い、メチャクチャに下手だった頃である。
植木等的なスタンスは変わらない。

2016年9月27日火曜日

新宿西口街頭詩人

TVもねぇ。ラジオもねぇ。車もそんなに走ってねぇ。

怪我や病気は全て『狐様』と『水子様』。

爺さんと婆さんが創価学会に向かって拝みだす。(狐とか水子へ畏怖は本当にある)。

地面を掘るとヤクザに殺された死体が出てくる。
もう少し掘ると捨てられた手榴弾が出てくる。
もう少し掘ると邪馬台国時代の遺跡が出てくる。
もう少し掘ると温泉が出てくる。

コンビニもねぇ。ディスコもねぇ。牛を連れて2時間ちょっとの散歩道。

っつーか、私の実家は代々、犬がいたのだが何故か私が『散歩担当』となっており、2時間ほど散歩をさせていた。

面倒臭かった。

親父が双極性障害で困ったことになった時は祖母が、何処から見つけて来たのか『祈祷師』を呼んできて、不思議な儀式をやっていた。

そんな田舎が嫌で、劇団唐組で一旗あげて故郷に錦を飾ろうと思い、夜行列車で風呂敷一つ抱えて上京したのが1998年。


唐組に入団したは良いが、無茶苦茶な劇団で心底、ウンザリしていた(唐組に入団したことは間違いではなかったが)。
それよりも『東京生活』と言うのに驚いてばかりの日々だった。


1:標準語
2:ラーメン
3:人の多さ
4:夜の明るさと五月蝿さ
5:物価の高さ
それまで住んでいた九州の片田舎とは何もかもが違った。


で、その頃から気になっているのが


『新宿西口の街頭詩人』
『新宿西口で志集を売る女性』


である。
「やはり、こう言う人がいるんだなぁ」
と思った覚えがある。
福岡の劇団で『ゲリラ演劇』『路上演劇』のような事もしていたから違和感はなかったが、何だか、その『佇まい』が異様・異形だった。
年齢は私と変わらない気がした。当時、私は21歳だったが同い年くらいかな、と。
で、多少、お金があるときに
「一冊、下さい」
と300円で買った。


それから見かける度に買っている。

『志集』





である。

先日、新宿を歩いていたら久しぶりに遭遇したので買った。
購入するのは数年ぶりのような気がする。
以前は『うら若き・・・』と言うか清楚な女性だったが、流石に年齢を重ねてきた感がある。

「1冊、下さい」

と言うと

「400円です」

と昔に比べて100円の値上がり。値上がりの理由を聞きたかったが、恐らく中東情勢による石油の値上がり→パルプに値上がり→印刷代なのだろう。
そんな訳がないんだが。

「これ、最新号ですよね?」
「あ、はい」

と言う。

この『志集』だが、意外と号数によって内容が違う。書いている本人の心境や詩に対してのスタンスが変わるからだと思う。

買い始めた頃は「とても、読めたものではない」と言う程

『重く』
『ヘヴィー』

だった。
最新号のタイトルは『私はそれどころじゃない』と、ちょっとだけ面白い。
最初は可也、片意地が張っている文体だった。
10年後位には少し力が抜けてきた感じ。
最新号は何だか良い。

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詩が面白い
死ぬことが出来る
時があるかも
知れないから
おもしろい
-------------------------------------------

『新宿西口街頭詩人』
にとって、詩はオープンマイクとか、ネットで書いたりするものではなく、コピー用紙をホッチキスで止めて、新宿西口で売る事なんだと思う。
詩ではなく志と言っているが、本人にとって『詩』と言うのは『行為』であり『行動』なんだろうなぁと思う。
それって、最高にCOOLじゃないか。




2016年9月25日日曜日

怪談話とラモーンズ

何故か丑三つ時から朝まで怪談話をYOUTUBEで聴いていた。

で、怪談話を聞いていると

「怪談話とプログレッシブ・ロック(またはヘヴィ・メタル)は本質的に同じなのではないか?」


と思った。
怪談話も基本的には似たような話で


「〜と言う不気味な事があり」
「女が立っており」
「彼是とあり」
「実は、そこは云々カンヌンと言う出来事があった」
である。




っつーか、なんで幽霊となるのは女性ばかりなんだ。ってか、個人的な体験で言えば確かに女性が多いが『オッサンの霊』ってのもいたしなぁ。


『幽霊のオッサン』

だと余りにも見栄えがしないんだろうか。猫の幽霊ってのも見たことがあるが、子猫だったしなぁ。

『化け猫(子猫)』

だと可愛くなりすぎる。

『子猫の化け猫』

は、どう考えても可愛い。流石に「死んでも可愛いねぇ」と思ったしなぁ。


で、怪談話を延々と聴いているとの、


『ラモーンズ』

のライブ盤を聞くのは結構、似ている気がする。
いや、『ラモーンズ』じゃなくて『セックス・ピストルズ』でも『ジャマイカン・スカ』でも『DUB』でも『スティーヴ・ライヒ』でも良いのだが、何だか怪談話と『ラモーンズ』は結構、似ている気がする。
「1!2!3!4!」
と言うカウントと、
「えーっと・・・この・・・まぁ、私の学生時代の友達にUって奴がいましてね・・・」
と言う『怪談話のカウント』は結構、似ている気がするのである。
プログレッシブ・ロックもヘヴィ・メタルも様式美だが、プログレッシブ・ロックと言っても『ELP』から『ゴッド・スピード・ユー!ブラック・エンペラー』まで色々といて、意外と共通項がなかったりするしなぁ。



やはり『ラモーンズ』だろう。
1stも1995年のラスト・アルバムも全く変わらない。
思えば四谷怪談も『新耳袋』も構成に変わりはない。

多分、江戸時代の『百物語』も
「えーっと・・・俺が深川の味噌屋で丁稚やってた時の事なんだがね・・・あー、これ話しちゃって良いのかな。まぁ、その味噌屋ってのが深川でも結構、大きい店だったからよ。部屋が沢山あるんだよな。で・・・あー、ちょっと、これ、やっぱヤバい気がするな。ちょっとアレだから、仮に味噌屋の旦那をUとしておくんだけどさ・・・」

で、今だと

「えーっと・・・俺が池袋のdocomoでサポートセンターやってた時の事なんだがね・・・あー、これ話しちゃって良いのかな。まぁ、docomoのビルだから部屋が沢山あるんだよな。で・・・あー、ちょっと、これ、やっぱヤバい気がするな。ちょっとアレだから、仮にdocomoの管理者をUとしておくんだけどさ・・・」
と対して変わらない気がする。


で、そこへ
『幽霊のオッサン』
『子猫だけど化け猫』
だと、『ラモーンズ』に対しての『テープ・コラージュ』とか『ノイズ』とか『現代音楽』になるんだろうか。


怪談話に登場するのは大抵が
『若い女性』
『兵士』
が8割を占める。残り2割が『何だかよく分からない男』『老婆』である。


『幽霊のオッサン』
『可愛い化け猫』

は聴いたことがない。
ちなみに『子猫で化け猫』は飼い主の足をガジガジと噛んで遊んでいた。
可愛いもんだった。

ちなみに動画は『ロック界の怪談百物語』である『ラモーンズ』である。


2016年9月20日火曜日

山芋と童貞

風邪を引いてしまった。


鼻水と頭痛である。鼻水と頭痛が酷いのにプールで泳いでいるので決定打だ。
それで今日は夕食を長芋とベーコン炒めにした。

で、炒めていると部屋が臭い。

どうやら長芋から発せられる匂いらしい。

「この匂い、知っている・・・」

と思ったらザーメンの臭いである。


全世界の男性は皆、知っている『孤高の青春時代』の香り、つまり童貞時代の香り。
または女性ならば「男性が求める行為で最も理解が出来ない行為から発せられる香り」である。

だが、勿論、その臭いを知らない女性もいる。






この年齢になると子供を持つ友人がいるのだが、男の子だったりする。
で、その男の子が10代半ばになって『背徳』『悪癖』『勝利と栄光の日々』を知ったとする。

其処へ子供部屋へやってきた母親が部屋の臭いに感づく。

その後、帰宅した夫へ言うのである。

「貴方・・・」

「ん?」


夫はナスの浅漬けとビールを呑みながら、妻のどうでも良い話を聞く姿勢(ウンザリな姿勢)に入る。

「うちの子、部屋で山芋を食べているのよ・・・!」

「山芋?」

「育ち盛りだからシッカリ食べさせているのに・・・部屋で一人でコッソリと山芋なんか食べて・・・!」

「・・・山芋を・・・部屋で食べてるのか?」

「そうよ!!!台所もないのに、どうやって食べてるのか知らないけど・・・食べてるのよ!親に隠れて!山芋を!」

「そりゃ、お前がちゃんと食べさせてないんだろ。あいつは柔道部だし、食べる量も凄いだろうし」
「食べさせてますよ!ちゃんと!今日もご飯を5杯と、トンカツを豚一頭食べてましたよ!」

「豚一匹って・・・豚は売ってないだろ。何処で一頭も仕入れたんだよ」

「・・・養豚所」

「え?養豚所?」

「だって、あの子の為にトンカツってなったら一枚、二枚じゃ足りないんですもん」

「養豚所から買ってきたのか?」

「買うと高いですし・・・」
「まさか・・・!?」

「一匹くらいバレやしないわよ。牧場でフラフラさせている方が悪いのよ」

「って、豚って言っても暴れるだろ。お前、どうやって・・・」

「貴方には黙っていたけど・・・最近、カラテを習い始めたの」

「カラテ?」




そんな不毛な会話が繰り広げられ、夫はやはり男性なので息子を呼び出して言うのである。

「お前・・・部屋で山芋を食べているって・・・なぁw。お母さんが言ってたぞ」

「・・・!!!」

「まぁ・・・お父さんも男だ。だからお前の気持ちも分かる。然し、だな?」

「・・・だって、俺、男子校だし、柔道部だし・・・」

「そりゃ判っているさ。お父さんもお前と同じように部屋で山芋の臭いを出していた時期があるさ。だがな?お前が好きなアルチュール・ランボーも言っている。『光り輝く忍耐』だ。東京五輪の予選まで後、2週間だろ?」

「・・・うん」

「まずは金メダルだ。それまでアルチュール・ランボーになった気持ちで忍耐してみないか?」

「・・・でも・・・」

「まぁ、辛いのは判る。お父さんも男だ。無茶は言わないさ。ただ、部屋の換気はしないとなw。お母さんが山芋って勘違いしているからな」




と言う不毛な会話がなされないとは限らない。

ただ、最近の乱れた日本の若年層の性生活を鑑みるに『山芋の臭い』が何であるか?を知らない女性が少ない、とは考えにくい。

タンパク質であり、成分の大半は同じモノだからである。

だが、『孫』がいる女性もいる。
『孫』が居る位なので、それなりの年齢である。

50年代~60年代まで『口淫』は澁澤龍彦の本によると立派に『ド変態』『考えるだけでも恐ろしい行為』だったので(澁澤龍彦の性生活を知りたい処だが、奥さんのエッセイに記載はない)知らない可能性は高い。



祖母が孫に会いに行く。孫の部屋に行ってみる。

孫は『ニコニコ生放送』なんぞやっているのである。
其処へ祖母を登場させてみたりする。

その際に祖母が気がつくのである。

帰り際に孫にお小遣いを渡す。
その際に言うのである。

「○△□ちゃん。ちゃんと台所で食べないと、手が痒くなるわよ?」

で、次に母親に言うのである。母親、つまり自分の娘だ。

「○△□ちゃんにちゃんと食べさせてる?」

「そりゃ、もう・・・食べ盛りだから・・・昨日も得意の骨法でヒグマを殺して、一人で食べてたし」

「○△□ちゃん、あの部屋で一人で山芋、食べてるのよ!あんた、知ってるの?お腹、空かせてるのよ!」

「山芋?」

「部屋が山芋の臭いで一杯なのよ!母親であるアンタが知らないなんて・・・こんな娘に育てた覚えはないんだけどねぇ!!!」


嗚呼、考えただけでウンザリする話だ。だが、こうやって十代の男の子の


『勝利と栄光の日々』

『悪癖』

『背徳』

『TABOO』

『奇跡と芸術と過剰と風刺の時期』


が作られるのである。
思えば私も奇跡と芸術と過剰と風刺の時期に、家族に『TABOO』の瞬間を目撃されたことがあった。
あれは全く持ってブルースだったなぁ。ジャズと言うよりブルースだった。





上記動画は熊を倒せる格闘技:骨法である。

主な使い手は『獣神サンダー・ライガー』である。 


千葉県、それは魔境

しかし、舞台の稽古とは言え千葉県なんて言う魔境に行ったのは久しぶりだ。 




まぁ、習志野市とかはマシなのかもしれない。 


都内の住んでいると日本人、と言うか東京都民と言うか関東甲信越地方の住民と言うのは、此れがデフォルトだと思い込んでしまう。 




(東京都民)



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若干、酷いのもいるが都民の顔である。石原慎太郎をこよなく愛し、築地市場移転問題に関して『築地ブランド』という意味不明な事を言い、自分達がこよなく愛した石原都知事の一存だったのに、都合の悪い事は忘れる、素晴らしい都民である。 


だが、千葉県なんて酷いもんだ。同じ国の民族なのか?と訝しんでしまう。






(熊で散歩する老人@千葉県)



(熊が人間の子育てをする@千葉県)



(千葉県の冬の過ごし方)


(千葉県の夏の過ごし方)


(千葉の車マニア@千葉県)


(呑みに行くと熊がいる@千葉県)


(千葉県のデフレは凄まじい)


(千葉県)


(千葉県民)


(喫茶店にも熊がいる@千葉県)






だが、習志野市だとか松戸市などはマシなのかもしれない。少なくとも携帯電話の電波は通じる(docomoだけ。au、ソフトバンクは全く繋がらない。)。 

船橋市となると、民族的に全く違うのではないか?と思えてくる。 







(思わず写真を撮ったら「撮影したなら金を払え!」と恫喝された。100円を支払ったら「穴が開いている方が良い」と言うので50円を渡したら満足してくれた) 



(@千葉県船橋市)


(@千葉県船橋市)


(@千葉県船橋市)




(@千葉県船橋市)




(@千葉県船橋市)




(@千葉県船橋市)







銃を所有している人が多いのは、千葉県全体の問題だが治安が悪いからである。銃刀法なんぞを気にしていたら千葉県なんぞで生きていけないのである。

友人の千葉県出身の男性は、強盗に何度もあい、そして何度も男性にレイプされている。

話によると千葉県市川市でエイズに感染したら、船橋市民と性交するとエイズが治る、と言う民間医療と言うか、妙な信仰があるらしい。

「大変っすよ。千葉は」

と嘆いていた。




(@千葉県船橋市)


(@千葉県船橋市)




(@千葉県船橋市立二和小学校での日常)




(@仕事に勤しむ船橋市民)




(@千葉県船橋市)




(@千葉県船橋市)




(@千葉県船橋市)




(@千葉県船橋市)




(@千葉県県庁)




(治安が悪いため警察は自衛隊をも凌駕する武装集団である)




(@千葉県船橋市)




(@千葉県船橋市)



(@千葉県船橋市)



(@千葉県船橋市)



(@千葉県船橋市)


(実は千葉県船橋市はボンビノス酒蒸しが名産品。だが、その業務は過酷を極めると言う。) 





何で東京の隣の県なのに、こんなに違うんだ?同じ関東甲信越地方とは到底、思えない。












そんな千葉県だが、一応、フェスと言うかロック・フェスがある。 

氣志團の出身地という事もあり『氣志團万博』と言う、タイトルからしてウンザリなイベントも行われているし、『ビクターロック祭り』と言う、なんと言うかグループ・サウンズ的なマヌケなニュアンスのイベントも行われている。 






(ビクター・ロック祭り2016)


(ビクター・ロック祭り2016)


(ビクター・ロック祭り2016)


(ビクター・ロック祭り2016)

(千葉県で音楽を志す少年少女は大抵、この『ンノング・チャング』に憧れるらしい。千葉県在住のミュージシャンの家に行ったら『ンノング・チャング』のLPが揃っていた。千葉県では未だにレコードが一般的で、CDは普及してない。通信回線が貧弱なのでituneもない。) 






大体、ロックに対して『祭り』ってどうなんだ?と思うのだが千葉県のセンスなんだろうなぁ。 

そう言えば私の妹はDQNであり、正真正銘のヤンキーだったので『ヤンキー漫画』をこよなく愛した。 
その為、『カメレオン』『今日から俺は!』と言ったヤンキー漫画が実家には平積みだった(流石に『ホットロード』は妹の世代からしても古すぎたので、読んでなかったみたいだが)。 

此れが千葉県民の若年層の日常なんだろうか・・・。 

















そう言えばオウム真理教の麻原の長女って、北区のスーパーで万引きして捕まっているんだよな。 
その際に 

「私は木更津の女王だ。無礼者!」 

と叫んでいる。 


千葉県の闇は深い。 


因みに稽古の甲斐があり、公演は素晴らしいモノになった。